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Peter Hammill 公演 Japanese Official Website
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◆ プログレ日記 ◆

1975年 8月30日(土)

ロンドン/ニュー・ヴィクトリア・シアター
ヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイター
ピーター・ハミル  (vo., gtr., kybd.
ヒュー・バントン    (org., bs.
ディヴィド・ジャクスン (sax, fl.
ガイ・エヴァンス    (drms.

71年に「ポゥン・ハーツ」をリリースしてから沈黙を守り、既に伝説となっていたヴァン・ダー・グラァフ・ジェネレイターが再結成されたというので早速ティケットを買いに行ったら売りきれていた。そんなアホな!と思っていたら追加公演が出た。今度は劇場も変わり、初回より1000席程多いニュー・ヴィクトリアだ。今度こそとボックス・オフィスへ駆け込んだら、最前列の真ん真ん中の席にあたってしまった。ここはステイジからも丸見えで、途中席を立つ事も出来ない。つまり、演奏がひどければ途中で帰ろうと思っても演奏者から見えてしまうので逃げ場の無い席だ。

当時の私はVDGGに関してはほとんど知らなかった。ただ友達が「ここのキーボードさんは凄いよ」と言っていたのでどれ程すごいのか確かめてみたかったのだ。

ちょっと遅れて会場へ入ったら既にショウは始まっていた。暗やみの中をこそこそと一番前まで息を潜めてていったのだが、それ程会場はシーンと静まり返っており、ステイジからは強烈なサウンドが鳴り響いていた。

ステイジ左端にスピーカーとコントロール・マシンに囲まれてハモンドC-3を弾くバントンが居る。足を忙しく動かしていると思えば、ちゃんとフットペダルでベイスを弾いているのだ。どうりでこのバンドにはベイシストが居ない。後方ではイヴァンスがバタバタとドラムを叩いている。そして黒いレザーの帽子をかぶってサックス、フルート等を吹きまくるジャクスン。それから右端に、赤の絞りのTシャツに無精ヒゲをのばし、エレクトリック・ピアノを叩くように弾きながら眉間にシワをよせ、叫ぶように歌っているヴォーカルのハミル。

1曲目が終わると同時に物凄い拍手が沸き上がり、ハミルが曲の紹介を始めると、また水を打った様に物音一つしない程静まり返る。

2曲目が始まった。ハミルは歌詞の一言一言に感情を封じ込める様に、高音部から低音部まで使い、歌うというよりは唸り怒鳴りわめき散らしそして囁く。これらの歌詞の英語が聞き取れて意味が解れば…ととても悔しい。

バックもヴォーカルに負けず劣らず凄い。ジャクスンは2本のサックスを同時に吹き、その時どピンクのライトが下から当たる。こわい。バントンは様々な仕掛けをハモンドに取り付けているらしく、教会風の音からアヴァンギャルドな音まで自在に出している。時々ハモンドを離れてフェンダー・ムスタング・ベイスを弾く時もある。ハミルは足をバタバタさせながらホーナー・クラヴィネットを弾いたり、白いフェンダー・ストラトカスターを弾いたりするが、音が外れてもあのシャウト気味のヴォーカルが被さるので余り気にならない。ショウはこの時点で発売されたばかりの「ゴッドブラフ」全曲と次に発売された「スティル・ライフ」から1曲、VDGGとハミルのソロ・アルバムからそれぞれ数曲ずつでセットされていた。

とにかく、2時間近くハミルとVDGGのサウンドに耐えられるかという、私にとっては我慢大会の様なコンサートで、終わった時にはドッと疲れてそそくさと会場を後にしたのだが、もしもう一度ギグがあれば行くかも…という気持ちがよぎったのも確かだ。

10月14日(火)ロンドン/イムペリアル・コレッジ

予感は当たった。またあのヴォーカルに付き合うのかと思いつつも来てしまった。

回りを見回して気がついたのだが、女性の姿が全く見られない。この頃のプログレッシヴ・コンサートに来るのはほとんどが男の子で女の子はデイトの際の付き合いで付いて来ているという風なのだが、男ばっかりというのはこのVDGGとあとジェントル・ジャイアントぐらいだ。GGの場合はバンドに合わせてオーディエンスもマニアといった男の人が多いのだが、VDGGは大学生風の男の子ばっかりで、彼等全員がステイジのハミルをうっとりと見つめている。女の私としては場違いな男の群れに紛れ込んだようで甚だ居心地が悪い。

この日のハミルは黒にVDGGロゴが入ったTシャツ、スリムなつぎはぎブルージーンズに真っ赤なハイヒール、髪は短く切っていて無精ヒゲも剃り、なるほど近くで見るとこの人整ったきれいな顔をしている。しかし、一度演奏に入れば又あのヴォイスが耳をつんざき、しかもバンドが演奏している間、右に左にウロウロウロウロ、揚げ句の果ては四つん這いになって這いずり回っている。やっぱりこの人おかしい!それにしてもだ、このカタルシスを吐き出した様な音楽には中毒性がある。次のギグがあれば又来てしまうだろう。次も、そして次も…

…しっかりハマってしまった…

この翌年の76年末、オルガニストのバントンは「ツアーづくめの生活に嫌気が差した」とバンドを抜け、その後教会オルガンの設計製作の仕事を今日まで続けている。最近になってやっとバッハのゴルトベルグ変奏曲のアルバムを出すらしいが、このハープシコード用に作曲されたゴルトベルグ変奏曲をバントンは自分で設計したバントン・オルガンで演奏しているそうだ。

また77年にはサックスのジャクスンが「家族と過ごす時間が欲しい」との理由でバンドから脱退し、しばらく数学教師をしていたが10年程前から再び音楽活動を開始している。最近は障害者の為のコンサートを行っているそうだ。

ドラムスのイバンスはVDGG以外のバンドでも演奏しており一番新しいプロジェクトはVDGGのオリジナル・メムバーのクリス・ジャッジ・スミスと組んでアルバムを制作している。

そしてハミルはニュー・メムバーと共にヴァン・ダー・グラフとバンド名を変えしばらく演奏していたが、その後ソロで活動している。ここ2年程続けて来日しているのでライヴを目にした方も多いと思う。が、最近のハミルと比べれば、75年頃のハミルは驚く程声に艶が在りよく伸びていて、バンドもVDGGという個性的なサウンドを表現するのに一番適していたメムバーですこぶる迫力があった。若く美しい時代のハミル/VDGGを見ることができて本当にラッキーだった。

「プログレ日記」は1975年、著者がイギリス滞在中に見聞きしたバンドのライヴレヴュー集です。限定私家本ですが、若干数通販しておりますので、詳しくは"SOFT SPACE"までお問い合わせください。(堀家)

e-mail : softspace@hm.h555.net
http://www.cooshin.jp/softspace/index.htm
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