■解説2
▲TOP
   Artists and Concerts/Performances アーティスト・公演
   Information インフォメーション 
   Questions & Comments  お問合せ・ご意見 ▲HOME
The Borstlap/Bruford Project 公演 ≫Message ≫解説1 ≫解説2 ≫Photo ≫リンク
ボルストラップ/ブルフォード・プロジェクト
まさかビル・ブルフォードとミケル・ボルストラップのデュオが、日本にいながらにして観られるようになろうとは思わなかった。正直に言って、驚きは隠せない。
2002年のオランダで行われた音楽祭に、ビルとミケルのデュオは登場した。この時のライヴが、ビルのサイトで無料配信されているので、観た人も多いだろう。私はその演奏と楽曲の素晴らしさに、アースワークスを聴いた時とは全く違った興奮を覚えながらも、遠い国の出来事だと思っていた。長尺のインプロヴィゼイションの応酬は、あまりにも実験的に思え、来日公演というミュージック・ビジネスと私の中で直結しなかったのである。実際にビルが参加した実験的なパーカッション・グループは、どれも来日していない。しかし今回は、それが実現するのである。

ところでビルの昔からのファンならば、ピアノ・デュオといえば、真っ先にパトリック・モラーツ(ex.レフュージー、イエス、ムーディ・ブルース)とのデュオを思い浮かべるかもしれない。特に彼らの処女アルバムである『ミュージック・フォー・ピアノ・アンド・ドラムス』(83年)は、全編に渡ってアコースティック・ピアノとアコースティック・ドラムの、時に静謐な、時に激しい対話を聴かせてくれた名盤だ。
パトリックとビルのデュオも素晴らしかったのも事実だが、今回のミケルとのデュオは、これとは全く異なった素晴らしいデュオだ。共通点は、ビルがアコースティック・ドラムを叩いていることだろうか。
パトリックとのデュオは、当初は作曲とインプロヴィゼイションの両方に重きを置くということで始った。だがデュオという構成上、どちらかが、あるいは両方が好き勝手にインプロヴィゼイションに走るわけにもいかず、次第に演奏は曲の再演に傾いていった。
しかし一方で今回のミケルとのデュオでは、インプロヴィゼイションに重きが置かれる。この事実だけでも、ビルのファンならばこのデュオに対する興味が湧くことだろう。ビルのインプロヴィゼイションの素晴らしさは、ブリティッシュ・ロックおよびジャズのファンならば、知らぬものはいないだろう。73年から74年のキング・クリムゾンのライヴで繰り広げられたフリー・インプロヴィゼイションは未だにファンの間で語り草になっているが、それ以上に94年に復活したキング・クリムゾンのライヴでの卓越したインプロヴィゼイションは、それまでの自身のインプロヴィゼイションがかすんでしまうほど素晴らしいものだった。だが残念ながら近年、ビル自身が作曲に傾倒していることから、フリー・インプロヴィゼイションは聴くことが出来なかった。それを今回、デュオという最小限の構成で聴くことが出来るのだ。
こうなると今回ビルの相方を務めるミケル・ボルストラップの存在が、残念ながらその名が日本ではあまり知られていないだけに、気になるところだろう。しかしながら、詳しくは後述するが、ミケルの腕の確かさは既にヨーロッパやアメリカで高く評価されている。不安ならば、先のインターネットで配信されている音を聴いてほしい。ミケルがビルの演奏に対して、全くひけを採っていないことがわかるだろう。そればかりか、ミケルによるサンプラーを駆使したループ、シンセサイザー、煌びやかなピアノが、このデュオを非常にユニークなものにしている。即ち今回のデュオでは、ミケルの音楽に負うところも多いのである。
そこでビル・ブルフォードのほうは、私の別稿を参照してもらうとして、ここではミケル・ボルストラップの紹介をしておこう。

ミケルは、1966年にオランダに生まれた。現在は37歳になる。作曲家の父と、作家の母の間に生まれた彼は、5歳からピアノをはじめる。そして弱冠20歳にして、オランダのラジオが主催したコンテストで作曲賞を勝取り、本国オランダで頭角を現してゆくのである。そしてそのわずか5年後には、ピアニストとして、そして作曲家として、ミケルは国際的に注目されるアーティストになるのだ。まずは92年にブリュッセルで開催されたヨーロッパ・ジャズ・コンテストで、ミケルはベスト・ソロイストに選ばれる。更に96年には、毎年アメリカで行われているセレニアス・モンク作曲家賞を勝ち得る。この賞を勝ち得た曲は、幸運にも、ハービー・ハンコックとウェイン・ショーターという名だたるジャズ・ミュージシャンによるデュオによって、1997年から2000年の間に行われたツアーで演奏されたのだ。そしてミケルは、その名を名実ともに世界に知らしめることとなるのだ。
時間は少々遡るが、ミケルはベスト・ソロイストに輝いた92年以来、自身のグループを率いてオランダ国内外で活躍している。同じくオランダ出身のハン・ベニンク、アーネスト・グレラムと結成したトリオは、彼が人気を博した最初のグループだ。
少々話はハンに傾くが、ドラマーでありパーカッショニストでもあるハン・ベニンクの名は、ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼイションのファンならば知らぬものはいない。60年代初期に始るハンの活動歴は非常に長く、その活動歴には、ハンは自身のソロ活動のほか、エリック・ドルフィーや古くは70年代まで遡る、ヨーロッパ白人フリー・ジャズの大御所、デレク・ベイリーらとの活動が含まれる。いわばハンは既に大御所の域に達しているわけだ。このハンと若きミケルの現在まで続く長い付き合いは、ここから始ったようだ。
ミケルは96年にハンらを迎え新たにバンド、ボディ・アコースティックを結成する。このバンドは目覚しい活躍をし、ついにミケルは大手ジャズ・レーベルであるヴァーヴと契約。このヴァーヴで制作した初のアルバム『BodyAcoustic』(1999年)は、ジャズのレコードとしてはオランダで1999年に最も売れたアルバムとなる。このアルバムではウェザー・リポートの曲をアコースティックに解釈した曲を彼らは演奏しているが、その素晴らしさはウェザー・リポートのリーダーであるジョー・ザヴィヌルがライナー・ノートに言葉を寄せていることからもわかるだろう。このことからもミケルの演奏能力のみならず、作曲家としての能力の高さが伺えるというものだ。そして現在までにミケルは、ヨーロッパのみならず中国やインドといったアジア諸国でも、その煌びやかなピアノの音色を披露してきたのである。
これだけ書くと、ミケルはジャズ一直線の人間に思われるかもしれない。しかしながらその才能は、ジャズだけに活動の場を限定しない。その中でも目立つのは、いわゆるクラシックや現代音楽といった場での活動だ。2000年にはオランダ吹奏楽団(the Dutch Wind Ensemble)からの委託で、ベートーベンのピアノ・ソナタ(作品第110番)を吹奏楽に編曲し、更にはこの曲に序曲を新たに作曲している。また、最近ではオペラの作曲を委託されているというから驚きである。

そのミケルが、ついに東京に現れる。そればかりか、これまでドイツとオランダでしか観ることの出来なかった、ビル・ブルフォードとのデュオという形で。
ふたりとも作曲家、そして、演奏家としての腕は確かすぎるほどだ。今回このデュオではフリー・インプロヴィゼイションが中心となるらしいが、思い返せば久しくブルフォードのフリーは聴いていない。ビルの演奏するフリーが聴かれるのは、先のネットで配信されている音源を除けば、キング・クリムゾン・プロジェクトにおける、プロジェクト1のCD以来だろうか。 生での演奏というと、キング・クリムゾンの95年の来日公演以来だろうか。
ここ数年の間にはビルのインプロヴィゼイションは、アースワークスの演奏で聴かれる、あらかじめ用意された曲という枠の中で繰り広げられるものばかりだった。それも良いが、やはり、古くからのビルのファンとしては、キング・クリムゾンで聴かせてくれたフリー・インプロヴィゼイションが懐かしい。特に先のインターネットでの配信されているビデオを観た限りでは、キング・クリムゾン時代より更にインプロヴィゼイションに磨きがかかっている。今回の公演が、待ち遠しいばかりの今日この頃である。
(永田喜文)